太陽の下で笑う。

うまいものはうまい。

繊細な舌と感性を持ち合わせていない。

前回、料理の腕を磨いていきたいと書いた。


しかし、正直いって僕はグルメなどとは程遠く、あまり繊細な舌をもっていない。ある程度以上の食べ物はすべておいしいと感じてしまうバカ舌だ。ジャンクフードだって大好きである。


先日、僕の実家家族で作っているLINEグループで、弟が新しい炊飯器を購入したと投稿していた。うちの父親が半分趣味でお米作りをやっており、家族に送ってもらえるので、新米を食べるために圧力炊きの高級炊飯器を買ったのだそうだ。

 

そういえばうちの炊飯器も結構ながいこと使っているなーと思って調べてみたら、社会人になった際に購入したものをいまだに使っていた。なんと14年ものである。それを言ったら家族は皆驚いていた。でも普通に満足して食べている。

余談だが、大学時代に使っていた炊飯器は、その時点でも10年以上使われていたであろう、液晶も何もないシンプルな電子ジャーであった。洗ったお米と水を入れてボタンを押すと炊飯。炊けたらボタンが上がる。タイマーも炊けた電子音も保温もなし。シンプルイズベスト。それも3年くらいで壊れたので、大学時代の最後は鍋でお米を炊いていた。

 

また、弟や兄は家庭用の精米機を買って、食べるたびに精米してからお米を炊いているそうな。味が全然違うといっていた。僕が実家で精米してもらったお米を数か月かけて食べていると言うと、古くなっちゃって美味しくないよ、精米したては全然違うよ、と熱弁された。

僕だって1年くらいたった古米の味の違いはわかる。ただ、数か月くらいでそこまで味が変わるのだろうか。試してないので何とも言えないのだが、実際に食べ比べてみると違うのだろう。面倒なのでやらないが。

 

そう思うと、その差を知らない状態のほうが幸せのような感じもするのだ。食べ比べをしてしまうと、自分の中でのお米の基準が一気に上がって、普通のお米では満足できなくなるのかもしれない。
日常的に食べるお米については普通に食べて不満が無い程度で良いのだ。

 


また、お酒の味の違いもよくわからない。

 

日本酒、焼酎、ウイスキー、ワインなど、それぞれジャンルとして好きだし、なんとなく好きな味のイメージもあるのだが、細かい違いがわからないし、一向に銘柄と味を覚えない。


細かい違いがわからないまま、なんとなく口に合うなーとかクセがあるなーとか思いつつも楽しく飲んでしまい、そのうちに酔っぱらって味の記憶が残らないのだ。頭の悪い酒飲みですね。あまり繊細な舌をもっていない上に、味の許容範囲が広いのだろう。

 

そして、日本酒とかならまだ銘柄を覚えられるが、ワインなどになると、名称も複雑だしほとんど覚えられない。多分興味がないのだろう。
僕の父親は凝り性で、還暦近くなってからワインにハマりだし、家にワインセラーやお酒用の冷蔵庫を買って日々楽しんでいる。僕にはそういったワインに対する熱意がないのだ。自宅で飲む分には1本1500円前後のコノスルなどの安ワインで十分だ。安い舌だなと自分でも思う。

 

現在、家で日常的に飲んでいるのは第三のビールのゴールドスターとパックの焼酎である。

焼酎は日常的に飲むようになってから、どんどんと安いお酒にランクダウンしていっている。


銘柄焼酎の4合瓶を選んで買う
⇒毎回選ぶのも面倒だし、結局飲むなら一升瓶がお得だなと黒霧島などの大手銘柄の一升瓶になる
⇒瓶は重いし、パック焼酎でいいか
いいちこって結構うまくね?
⇒甲乙混合の安焼酎も意外と悪くないな

と、どんどん単価が安くなってきている。
甲乙混合の焼酎はロックで飲むとちょっと癖があるが、家ではソーダストリームを使ってレモンサワーにすることが多いので、それでもいいやとなっている。なんとも安上がりである。

 

お酒は飲んでおいしい、酔って楽しい、以上それでおしまい!という感じ。 


また、料理についても果たしてバリエーションの豊富なメシがくいたいのだろうかという疑念はちょっとだけある。


結婚してから、会社でのひるめしは常に弁当を持参して食べているのだが、基本的には作り置きのお惣菜を前日夜に詰め込んでおき、朝に冷凍ごはんを回答しておにぎりにして持っていくというだけの簡単なものである。地味で代り映えのしないおかずが多いが、毎日昼飯が決まっているというのはなんとなく落ち着くのだ。


はじめは節約だなと思っていたが、毎日外に出て何を食べようか考えたり、コンビニで弁当を選ぶより圧倒的に楽で落ち着くのだ。

前回書いたことと矛盾してしまうが、決まったものを決まったタイミングで食べる楽さ、ルーティンの良さというものがある。特に平日に一人で食べる場合、考えないで良いのがとても良い。

独身でダイエットをしていた頃は、コンビニのパックのサラダとサラダチキンを食べながら焼酎を飲むという暮らしをしていた。豊かな食生活とは程遠い。

 

 

 

そんな感じで、もともとグルメでも何でもなく、繊細な舌も感性も持ち合わせていないのだ。ただ、家族との生活を豊かにするために料理という趣味が好きなだけなのかもしれないな。

 

なんとなく考えながら書いていたら長くなってしまった。

 

以上おしまい。

 

 

 

 

料理の腕を上げていきたい。

このコロナ禍で飲み会も外食もしなくなり、友人と遊んだりもできなくなって久しいが、自宅でうまいものを作って食べるということに、かなり救われているところがある。

 

そして単純に料理を作るという作業が好きだ。

なかなかうまくいかないことも多い会社での仕事と違って、ある程度調べてちゃんと手をうごかせば確実に料理として出来上がっていくところが良い。そしてそれを家族が喜んで食べてもらうってのが素晴らしい。そこまでお金もかからない趣味として、楽しみながら生活の質が上がっていく。

 

となると、今後さらにQOLを上げていくためにも、もっともっと料理の腕を上げていきたいなと思ったりする。


このブログにも料理カテゴリだけで200記事以上書いているようだが、自分の料理の腕前というものはどの程度なのだろうか。


・大学時代に3年間イタリアンレストランの厨房で下働きしたので、基本的な包丁さばきは身についている。飾り切りなどはできないが、キャベツや玉ねぎの千切り、りんごの皮むき、大根のかつらむきなどは問題なくできる。

 

・醤油、酒、みりん、塩、胡椒、味噌、お酢などの基本的な調味料の味の特徴を知っており、材料に対するだいたいの分量やそれらがもたらす効果について理解できている。普段自宅で作っている和食くらいであれば、目分量で作っても大きく外さずに作ることができる。
また、目指す味に対してどの調味料をどの程度組み合わせればよいのか、なんとなくのノウハウを持っており、想像と味見で補って答えに近づけることができる。

 

・冷蔵庫にあるものや、その日スーパーで安かったものを適当に購入し、1時間程度で2~3品を作ることができる。ある程度の種類の料理のレパートリーを持っており、食材の組みあわせもなんとなくのパターンを持っている。

 

・初めてつくる料理でも、ざっくりとしたレシピがあれば、それっぽいものを作ることができる。

 

こんなところだろうか。とりあえず、ものすごく手際が良いわけでもないが、家事として、趣味として家庭で食べるものを日常的に作っていく分には困らない程度の腕だろう。

 

では、料理の腕をもっと上げたいというと、どの方向性に上げていけばよいのだろうか。考えてみた。

 

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①手際や段取りが良く、手早くスマートに料理ができ、後片付けなどもさくっと完了させられるようになる。これは正直まだまだである。段取りが悪く想定以上に時間がかかってしまうことも多く、作り終わったあとはシンクにボウルや食器が散乱している。

 

②レストランなどで食べた料理を、自分で創意工夫しながら再現できる、もしくは、想像して補って作っていける能力。これができると楽しいだろうなーと思う。知識と経験、想像力のすべてが必要だろう。

 

③誰も作っていない料理を食材の組み合わせなどで作り出していける創作、アレンジの力。名前の無い料理は日々作って食べているが、日々SNSなどで料理を発信している料理研究家の方々はすごいなと思う。

 

④パーティ料理など、目立って楽しい料理のレパートリーを増やす。また、食材費に糸目をつけずに豪華な料理を作れるようになる。これは良いなー。地味な自炊も派手な料理もどちらもできるってカッコいい。コロナでは難しいけど、以前から友人に料理をふるまうのは大好きなのでここは伸ばせると楽しいだろうな。

 

⑤味噌などの調味料や果実酒、干物や燻製といった保存食など、なんでも手作りし、こだわりの食生活を極める。ここは正直、はまったら深い沼だろうな。

 

⑥フレンチやイタリアン、中華など特定のジャンルや、魚料理など特定の食材を極めていく。個人的には中華をもっと極めたい。

 

⑦調理器具や調理法のマニアになる。世の中には、製麺マニア、真空低温調理マニアなどここも奥が深い。ただ、そこまでハマらないかもな。

 

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ざっと思いつく方向性としては上記のような感じだろうか。


僕としては、できれば①の段取りの能力を上げつつ、コロナ明けを願って④のパーティ料理のレパートリーを増やし、⑥で中華料理と自宅寿司のスキルを上げていけると良いなと思っている。

 

あとは、料理をつくることが単なる作業としてイロドリを失ってしまわないように、日々の料理を楽しむこと。あれを食いたいこれを食いたいとアンテナを張り続けて、新しい料理や食材にチャレンジし続けている状態をキープできるといいなと思っている。

 

食事は生活の基盤だ。今後も楽しく料理していこう。

 

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ヨット冒険記『ブルーウォーター・ストーリー』を読む。

先日、久々に心震える本にであった。

『たった一人、ヨットで南極に挑んだ日本人 ブルーウォーター・ストーリー』
片岡佳哉 著

 

 

あらすじは版元の舵社サイトより抜粋。

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24フィート艇で世界を巡った
シングルハンターが見た景色とは...
航海計器や通信手段が不十分だった1980年代に、たった一人で24フィート艇に乗り込み、太平洋を横断し、南米のチリ多島海、そして南極大陸を目指した筆者。
彼が見た景色とは…。すべて実話の冒険航海記。

2010年から2014年にかけてKAZI誌に連載され、人気を博した航海記「BLUE WATER STORY」。今回、単行本化されるにあたって、大幅加筆、全編にわたり再構成された。
しかも豊富な写真は全てオールカラーで、空前絶後の冒険航海を追体験できる。
ヨット航海に憧れる者にとっては心躍る一冊。

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一般の人からすると全く興味もわかないような世界の話かと思うが、僕は海洋冒険ものの話や、海上遭難や漂流などのジャンルが大好きで、見つけたら片っ端から読んでいるのだが、この本はその中でもトップクラスに興味を惹かれた本だった。

 

著者は、大学時代にヨット遊びを覚え、システムエンジニアとして就職したものの、世界一周の夢を諦めきれず、200万円ほどのお金を貯めて中古の小さな船を購入。そして仕事を辞めて職業訓練校でエンジン整備などの知識を付け、太平洋横断、アメリカ大陸を最南端まで航海し、日本人初の南極を単独航海の後、8年がかりで世界一周を成し遂げている。

 

その航海の中でも、チリ南端の多島海の航海、荒れ狂うマゼラン海峡を含むパタゴニア航海、流氷や氷山に閉じ込められるリスクを負いながらの南極での航海の内容を、著者が撮影したカラー写真を多数掲載しつつ淡々とした筆致で描いたのが本書である。

 

まず、この世界一周航海に用いた船が24フィートのヨットというのがとんでもない。僕も普段22フィートのヨットに乗っているのでわかるのだが、全長7メートルほど、マストの高さ9メートルというのは、東京湾などの湾内で乗る分には問題ないが、荒れ狂う外海では吹けば飛ぶようなサイズである。

 

最近、ニュースキャスターの辛坊さんがヨットで太平洋横断を単独で往復したことがニュースになっていたが、GPSや航海無線など最新の機器も備えた39フィート(全長12メートル強)の船で外洋航海も可能な頑丈な船である。船室も広く、中で数人が暮らせるくらいの設備が整えられている。それでも一人だけでヨットを操船して時に荒れ狂う大洋を渡り切るのは大変なことだろう。

 

この著者が乗っていた24フィートのクルーザー(ブルーウォーター24)は、とてもシンプルな船であり、船室もカプセルホテル2室分くらいの広さしかなく、ベッドも無ければちゃんと海図を広げる机のスペースも無く、およそ居住できるような船では無いのだ。そして、外洋の大波や強風に耐えられるような作りではないはずだ。実際にこのサイズの船だと、転覆したりマストを折ったりして東京湾内でも海難事故となっているケースは多い。

 

それを、コツコツと補強して数ヶ月かけて準備し、一人だけで太平洋横断をやってのけている。それだけでも大冒険である。

そして太平洋横断ができたんだからと南米最南端に向かい、詳細な海図すら無いようなチリ南部の多島海を渡って、世界一の難所と言われるホーン岬に上陸までしてしまうのだ。

 

さらに、ここまで来たんだから南極まで行ってみたいと次の目的地を定め、一度遭難して死にかけつつも2年がかりで成功させてしまう。無謀だがその情熱に心が打たれる。 

 

この冒険は特にスポンサーがついているわけでも、金持ちの道楽なんかでは決してない。何も持っていない若者が、アメリカやチリ、アルゼンチンの港町で働いて整備費と生活費を稼ぎながらこの冒険を成し遂げているのだ。まったく凄まじい執念である。

 

こんな骨太の海洋冒険記が日本にもあったんだな。通勤中に夢中に読み進めて、読み終えてしばし放心してしまった。

 

僕は外洋は未経験だが、同じヨット乗りとして本当に尊敬する。いい物語を読ませてもらった。